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メディアの虜

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在日3世の貧乏生活から巨万の富を築くまでの孫正義のあきらめない男の生き方

孫正義 「リスク」を「成功」に変える28のルール [DVD]






2月24日放送の林先生の痛快!生き様大辞典で孫正義について解説してました


在日韓国人3世として貧しい暮らしから巨万の富を築くまでの軌跡を書いていこうと思います

番地がない住所!?無番地育ちの孫正義






今現在では恐らく移住地に無番地はないと思われますが孫正義が生まれた1957年頃は


きちんと整理されてない地域があり、そこに住んでる人々は豊かな生活はしてませんでした


孫正義が育ったのはそんな無番地の住所です


貧しいがゆえに「絶対にこの環境を抜け出すように頑張ってやる」というハングリー精神を持つようになります


想像を絶する貧しさこそが孫正義の原点になったわけです





「お前は大物になる」と父に言われ続けた少年時代





環境が貧困であるということはコンプレックスを持ちやすいのですが、一生懸命働いている両親や祖父母の姿を見て


その中で自己肯定感を父親から与えられていたわけです


実際に孫正義


「俺はやれば出来るんだと思った。並のレベルで満足しちゃいかんのだと思い込んだ。」と言ってます





父親の言葉が見事に響いていますね


そして孫正義の父親は息子を商売の相談相手にもしました


自身が喫茶店を開いた時に場所が悪くてお客さんが来ない・・・そこで息子である孫正義に相談しました


小学生の息子に相談するわけです。もしかしたらただの愚痴だったかもしれませんね(笑)




父親の相談に小学生の孫正義の出した答えが


「コーヒーを無料で配ったらいい。みんな飲みに来るでしょ」


ソフトバンクの学生は無料の発想がこの当時からあったんでしょうかw


普段から商売の相談を父親から受けていた孫正義は高校生になると更に驚愕の経営を考え出します







今の給料の2〜3倍の給料を払うと言う高校生






高校生になると塾の経営者になりたいと孫正義は考えます


教師になるのが小学生の頃の夢だったのですが韓国籍のため公務員にはなれなかったため


人を教える立場の塾の経営を考えたみたいですね





経営者の夢を実現するために高校生の頃にすぐに行動


通っていた高校の教師を塾講師にスカウトするのです


校長室に行って自作の授業カリキュラムを持って自分の塾の講師にしたいと願い込む


当人の教師にも「今の給料の2〜3倍払います」と直談判


まだ塾を経営もしてない高校生がこの行動です。普通じゃないですね(笑)






後に孫正義は当時の行動をこう語ってます


「夢と根拠のない自信だけがあった。そこから全てが始まった」


根拠のない自信・・・凡人の自分から見たら十分な能力のある人のもって当然の自信だと思いますけどね







父親が吐血→アメリカ留学決意の意外な関係






中学3年生の時に孫正義の父親が病気に倒れ吐血。生きるか死ぬかの状態です


そんな時に高校生になった孫正義はアメリカ留学を決意します


親戚の人には「正義はなんて冷たいやつなんだ。父親をおいて1人でアメリカにいくだなんて!」と言われた孫正義


しかし孫正義はこう反論します


「家族を支えたいから事業家になるための何かを掴んで日本に帰ってきて事業を興す」


「今まで自分が悩んできた国籍や人種。同じように悩んでる人たちがいっぱいいる」


「俺は立派な事業家になってみせて・・・孫正義の名前でみんな人間は一緒だと証明してみせる」





強い意思で親戚や家族に語った孫正義


色々なエネルギーになってると思うんですが、そのエネルギーを実際にカタチにするのは中々できないですよね


ハングリー精神、色んなものに虐げられてというのがパワーになったよう



「自分は韓国籍だから大学を出ても日本では認めてもらえない」


「アメリカで結果を出せば、日本で評価される」


日本人は外の権威をもらってきた人に対しては非常に優遇する


海外で評価を受けた映画が日本で改めて評価されるようなものですかね









普通の高校生が大企業の会長にアポなしで会いにいく





高校生の時に事業家になりたいと決意して大物に会いにいく孫正義


日本マクドナルドの創業者の藤田 田(でん)に会いに行ったのです


藤田の本に感銘を受けて九州から上京。アポなしで面会を1週間申込みました


普通の高校生ならマックで食事をするだけなのに、孫正義はマックの会長に会いに行ったと思うとおもしろいですねw


その結果、ちゃんとあってもらえてアドバイスももらえました




藤田「私が若ければ、食べ物の商売をしないでコンピューターに関するビジネスをやると思う」


パソコンなんてまだ一般的ではなかった時代に、これからの世の中はコンピューターにいくだろうと


藤田さんは見抜いていたんですね




並外れた心と行動力の高校生が真剣に語りかけた時に


企業のトップとして自分の持ってる知識、感じていることを伝えたくなったのでしょう










2番手3番手じゃ駄目!やっぱりトップじゃなきゃ駄目だ





大物に直撃していく行動力は大人になってからも続きます


モバイルビジネス参入を考えていた孫正義はアップルの創設者スティーブ・ジョブズに会いにいくのです





「私がモバイルビジネスに参入するのであればどうしても武器が必要でした」


「世界最強の武器を作れるのは誰かと考えた。そんな人間はただ1人、スティーブ・ジョブズだという結論でした」





孫正義ジョブズに会いに行った時にはiPhoneは開発段階。まだ世間には知られていませんでした


もちろん孫正義も知りません。それでもモバイルビジネスならジョブズだと思っていたそうです


その時のジョブズの答えが


「君はクレージーだ!まだ誰にも話していないのに君が最初に会いに来た。だから君にあげよう」


こうしてiPhoneの独占販売の約束を取り付けることができたのです


映画やドラマの都合の良い流れのようですね。本当にこんな事があるなんて信じられません


ただiPhoneの独占販売は約束したものの肝心の通信会社を孫正義はもっていませんでした






固定概念を根本から叩き壊す孫正義



日本に帰ってきた孫正義は通信会社のボーダフォンを1兆7500億円で買収しました


最近ではどの携帯会社でもiPhoneは手に入り使えましたが


iPhoneが出始めの頃はソフトバンクでしか手に入らなかったんですよね


あの時のジョブズとの約束があったからこそですね


iPhone以外でもソフトバンクの快進撃は続きます





孫正義が買収したボーダフォンは2006年当時はドコモ、auに次ぐ3番手でした


そこでトップになるべく孫正義がとった作戦が「通話料・メール無料」です


子供の頃に「コーヒー無料でくばれば喫茶店が繁盛する」という考えが大人になってもあったのかも?







当時の電話会社で通話料金が無料だなんて発想がまったくありません


今後需要が出るであろうネットコンテンツやオンラインゲームで課金をすれば


通話料やメールを無料にしても全体として成り立つビジネスモデルが成立すると考えて行動


固定観念を壊す孫正義らしい行動でした


その結果に携帯の純増数トップは常にソフトバンクという快挙に繋がりました











私たちはやる前から無理だと諦めて自分の居心地の良いところにいてしまいます


孫正義にはその居心地の良い場所がなかったからこそ、最初からその場所を作りにいった


凄まじいハングリー精神があったからこそ必死に考えて行動できたのでしょう



最後に孫正義の名言で自分が好きなのをひとつ



「男は賢いだけじゃだめだ、時にはバカにならないと」


バカになるのは本当に難しい。たまにはバカになってみんなを唖然とさせるような行動をしたいですね